土佐丸日記


土佐丸ナイン 甲子園へレッツゴー

どうしてこんなことになってしまったのか・・・?
高知駅に見送りに来ている今でも、あたしはなんだか現実とは思えないような、夢の中にいるんじゃないだろうか?というような気持ちでいた。不思議だ。野球なんてまったく知らないこのあたしが、どうして土佐丸高校野球部のマネージャーなんかやっているんだろう?
絶対あいつの陰謀だ!と思うんだけど。
せっかく、高知へきたことだし、この出発の日を記念して「土佐日記」ならぬ「土佐丸日記」を書こうかと思ったのは、少しでも自分の記憶を整理したかったから。うまく書けるかな?部日誌を書くのも面倒だなって思うのに。

あたしの名前は犬姫衣都子(いぬきいとこ)。ヘンな名前だな、と自分でも思う。字面だけ見ていると、昔の貴族のお姫様みたいな名前?でも、残念ながら雅とは全然縁がなく育ってしまった。これが外見だけでも「たおやかな美女」だったら、あたしのあだ名も「姫」とか言われていたんだろうけど、小学校から中学校までずーっと「イヌ」とか「イヌコ」とか、言われつづけてきた。だいたい名前の最初と最後をくっつけただけなんて、手抜きよね。
だから、おとうさんの仕事の都合で東京から高知へ引っ越すことが決まったとき、実はちょっと嬉しかった。あたしのことを全然知らない人たちのところへ行けるんだもの。今度はなんて呼ばれるのかなぁ?ってワクワクドキドキした。
それが1ヶ月前のこと。家の近所だからと何も調べずに編入試験を受けてしまったのが土佐丸高校で、その初めての登校日だった。

土佐丸高校は元々は男子校だったらしくて共学になった今もまだ女子生徒が少ないとは聞いていた。でもこんなに男ばっかりが教室を占領しているとは思わなかった。あたしが編入になった1年3組なんて女子がポツポツと数えるほどしかいない。なんだか男臭い教室だ。
先生が空いている席を指したので、あたしは素直にそこに座った。
だいたい転校生というのは、面倒見がいいか成績優秀な学級委員の隣に座らせられるのが普通よね。正直言うとあたしはその時までちょっと期待していたのだ。だいたいが転校生って注目を集めるものだし。それで、頭のいいハンサムな男の子が学級委員だったりしたら、あたしの高校生活もバラ色になるかもねって。
でも違っていた。あたしの隣に座っていたのは、これがほんとに同い年か?と思うほどの巨体の男子だった。かわいそうな椅子がキューキュー音を立てている。机だって今にも倒れそう・・・。
え?あたしは目を疑った。今は9時前。1時限目が始まったばかりなのに、もう早弁している。すんごい大きなお弁当箱を堂々を開けて食べている。おおーっ!あたしはあきれるよりも先に感心してしまった。
転校したてだから教科書もないあたしは隣のその子に見せてもらうしかないのだけど、これが頼りない。
「数学の教科書?家で枕にしているだけだから持ってきてないきに」
そうだろうね。あたしは溜息をついた。枕だって。数学の教科書1冊だけじゃ足りないだろうに。きっと教科書全部、家においてあるんだ。で、枕にしか使われていないんだわ。あたしは教科書に同情したくなった。あの食欲で食べられていないだけでもまだましか。
そいつが、犬飼武蔵が、放課後話しかけてきたのだ。
野球部のマネージャーにならないか、と。
あたしはこれまで放送部に所属していて、高校に入っても続けるつもりだった。将来はアナウンサーになれたらいいな、って思っているんだ。まぁ、無理だろうけど。
運動部には所属したこともないし、マネージャーなんてやりたいとも思わない。それに第一あたしのことをよく知っている人は、マネージャーをやれだなんていわないだろう。このあたしがマネージャー?笑っちゃうね。
でも、犬飼武蔵はあたしに「是非やってほしい。おまん(お前ってこと?)のような人材を探していたきに」と言う。よく言うよ、と思いながらも、あたしはまんざらでもない気がしていた。だって、そう言われて良い気持ちにならない人がいる?
今思うと、うまくのせられたような気がする。犬飼武蔵は、はっきり断らないあたしの手を引っ張って野球部の部室に連れていったのだ。あの巨体につかまったら、もう逃げられない。あたしはそれでも、部室に行ってからはっきり断ればいいや、と思っていた。
野球部の部室は想像したとおり、むさくるしさの極地だった。
しかも、目つきが悪いと言うか顔が悪いというか、ごろつきのような男どもがたむろしていた。本当に高校生なんだろうか?やくざみたい。
その中の一人があたしたちをチラリと見て「武蔵」と言った。
「なんだ?その女は?」
失礼な!レディに向かって「女」呼ばわりか?あたしは少しムッとした。でも、ちょっといい男(*^^*)。ああ、これがいけなかったんだ!かえすがえすも悔しい。
その失礼な男は野球部の主将だった。犬飼武蔵のお兄さんなのだそうだ。へぇ、そういえばもみあげのあたりが似ているかな?二人とも背は高い。でも、お兄さんのほうは武蔵みたいにデブじゃない。だからかな。結構かっこいい。
その人は犬飼小次郎と言った。主将でエースで4番なんだって。すごいのね〜って、野球をよく知らないあたしは本当にその凄さがわかるわけじゃないんだけど。

結局、あたしはマネージャーをひきうけてしまった。意志が弱くてお恥ずかしい。でも、一応理由はあるのだ。
ひとつには、部室がこれ以上汚しようがないだろう、っていうほど汚かったのでかえって闘志がわいたというか。綺麗なところを綺麗なままに保つよりも、汚いところを綺麗にしていくほうがやりがいがあるんじゃないかって、そんなことを考えてしまったのだ。
あれが間違いだったんだよな〜。
で、もうひとつの理由は犬飼小次郎。3年生の犬飼先輩に一目ぼれしてしまったかもしれない、あたし。1度くらい、運動部のマネージャーをやってみてもいいかなって思ってしまったのだ。
ああ、つくづくあれが間違いだったよ・・・。

生意気にもこの野球部は甲子園を目指しているらしい。甲子園大会といえば、野球を知らないあたしでさえ聞いたことがあるという有名な全国大会だ。なんと!あのNHKが全試合放送しているのだ。NHK主催の放送コンテストはろくに放送されないっていうのに。(ブツブツ)まぁ、それはおいといて。
あんな健全な世界はないだろうと思うのに、健全とは縁がないようなこいつらもいっぱしに目指しているんだと思うと、かわいいじゃんと思う。あっと、仮にも先輩をこいつらと呼んではいけないね。運動部は先輩後輩の礼儀作法にうるさいらしいし。こいつらはこいつらなりに秩序ってものがあるらしいし。・・・あっまた言っちゃった。
県大会を勝ち進む中(これが驚いたことに勝っちゃうんだ!すべて1点差の危ないゲームだったらしいけど)、あたしは一人学校に残ってユニフォームの洗濯と掃除に明け暮れていた。ご飯を作れといわれないだけいいけど。というか、あたしが作った料理を食べる勇気があいつらにあればの話だ。わっはっは。

でもって、とうとう優勝してしまったのだ!県大会に!高知県代表として、土佐丸高校野球部が甲子園大会に出られることになったのだ!すっごーい!
普段はブツクサ言っているあたしだったけど、この時ばかりは興奮した。まるで自分が出場できるかのようにワクワクドキドキした。でも、甲子園大会のベンチに女は入れないんだって。ケチ!男女差別よね。
さすがに、先輩たちも嬉しそうだった。ただ、キャプテンだけはいつもどおりの仏頂面だ。これくらいのことで騒ぐなと言う。いっぱしに甲子園大会で優勝を狙うつもりらしい。まぁ、目標は高いほうがいいけど。
でも、大変だったんだ。野球部はそんなだったけど、学校側とかPTAとか。
だって、この野球部の面々って札付きの不良だったっていうじゃない?今は野球に打ち込んでいるから喧嘩もせずにおとなしくしているけど、以前は大変だったんだって。それをあのキャプテンがまとめたらしいんだけど。
出場して大丈夫なのか?不祥事を起したら大変だ、全国大会なんだから問題が大きくなる、とそれはそれはうるさかった。それでも、この半年ばかり野球部員がおとなしくしていたのが認められて、出場を許可された。よかったね。
まぁ、そんなふうに言われる野球部だから、マネージャーのなり手がなかったというのもうなずける話だ。女の子は勿論のこと、男の子でさえ気の荒い選手たちの勢いに怯えてしまうのだそうだ。
そんな状態だったので、犬飼武蔵は転校したてで何も知らないあたしを、今のうちだっていうんで野球部に連れてきたらしい。
ああ、つくづくはめられたよ・・・。犬飼武蔵。覚えてろよ!
・・・あら、あたしもガラが悪くなっちゃった。影響されたかな?

それでも、あたしは特に怒鳴られることも殴られることもなく、1ヶ月間マネージャー業にいそしんでいた。まぁ、洗濯と掃除をするだけだったけど。
犬飼武蔵が、自分が連れてきた責任上からか、あたしの失敗をカバーしてくれていたみたいなのだ。それはあとで知ったのだけど、でもまぁ、それくらいしてくれてもいいよね、なんて思うあたしは自分勝手かな?じゃ、ちょっとだけ感謝。
それに、部員の意識は県大会に向けられていたから、あまりすさんだ状態を見ずにすんだのもタイミングがよかったみたいだ。

で、こうして無事に甲子園へ向かう部員を見送っているあたし。
でも、今だに信じられないの。自分が所属する部が全国大会に出るなんて。それも、こいつらが(あっまた言っちゃった)。
それでも、なぜだか負ける気がしないのが不思議。犬飼キャプテンがいる限り、1回戦負けっていうのはないだろうと思う。いや、犬飼キャプテンが試合で投げているところを見たことあるわけじゃないんだけど。でも、このドーンとした落ち着きは、かなり自信があるって感じ。案外勝ち進んでいくんじゃないかな?もしかしたら決勝戦まで行くかも?そうしたら優勝するかも?あたしは、勝手にどんどん想像していって顔がにやけてしまった。こういうのなんて言うんだっけ?とらぬタヌキのなんとか?
甲子園に向かうのは犬飼キャプテンとレギュラーの8人。そしてキャプテンの愛犬の嵐だけだ。この嵐っていうのがまた驚きで、闘犬なんだって!練習に参加させているらしい。犬飼キャプテンと武蔵にだけしかなついていない。他の人間は嵐に吠えられると怯えてしまう。あの猛者どもをおびえさせるとは!たいした犬だ。
キャプテンはよく腕に何かはめて嵐にガブガブ噛みつかせていた。あれは闘犬の牙を磨く訓練だということだけど、かなりの迫力であたしはびびってしまった。だから1回だけしかその光景は見ていない。それにしても、なんで野球の練習に闘犬を使うのかな?あたしが野球に無知だから不思議に思うのかな?
不思議といえば、甲子園行きのメンバーだ。たった9人だけなんて、誰かケガしたらどうするんだろう?部員はもっと沢山いるのに。でも選抜されたのは、さすがにつわものぞろいだった。
ただ、その中に犬飼武蔵が入っていなかったのが、あたしには意外だった。いくら身体が大きくても、それにかなり強打者らしいのだけど、でもまだ1年生だから試合に出してもらえないのかな?と思った。
その武蔵も一緒に見送りに来ている。
犬飼キャプテンが「いいな、武蔵」と何やら言い含めているようだ。なんだろう?さすが兄弟。少ない言葉で伝わるものなんだな。
「ねぇねぇ犬飼君。」
あたしは武蔵にすりよっていって訊いた。
「キャプテンはなんて言ったの?」
「なんでもないぜよ。」
生意気に武蔵のやつ、隠している。やな奴。あたしはふくれて、イーッとしてやった。

9人と1匹が駅構内に消えていった。あたしたちはホームまで見送ると言ったのに、キャプテンはそれには及ばないと言った。学校関係者もまったくいない、寂しい出発だ。あたしはよく知らないけど、普通はもっと盛大にお見送りをするのではないの?それがキャプテンが全部断ってしまったらしいのだ。で、マネージャーのあたしと犬飼武蔵だけが見送り組だった。
あたしはあとでつくづく後悔した。あの時、入場券で一緒に中まで入っていけばよかった、と。
そうすれば、あとであんな大騒ぎにならなくてもすんだかもしれないのに・・・。


次回予告
いぬこ: 大変!大変よ!
武蔵: 何をさわいじょる?
いぬこ: 落ち着いてる場合じゃないでしょ!あんたのお兄さんたちが行方不明なのよ!
武蔵: にいやんが?(にやり)心配ないきに。
いぬこ: 武蔵。何か知っているのね?教えなさい!キャプテンたちはどこへ行ったの?
武蔵: うぐぐぐ。首を絞めるなぁ!ぐるじい・・・。
いぬこ: キャプテンたちが行方不明になったおかげでねぇ。あたしの夏休みは大変なことになりそうなのよ!責任とってよ!
雲竜: さすがに高知バイ。気の強いおなごタイ
いぬこ: 次回の「土佐丸日記」は「ああ行方不明に涙あり

・・・って、あんた誰?

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