土佐丸日記


負けるな土佐丸!敵はスタンドにあり

大変なことが起きてしまった!
武蔵が3塁に向けて投げた球が里中投手の後頭部を直撃してしまったのだ。それなのに根性でホームまで走った里中くん。土佐丸にとっては痛い追加点を取られてしまった。
でもホームインした里中くんは動けなくなってしまった。
頭に硬球をくらったんですもの。ヘタしたら死ぬわよね。後遺症とか残らないといいのだけど。
山田くんが抱きかかえてベンチに引っ込む里中くん。明訓の主将の土井垣さんが次のバッターの岩鬼くんに何やら言っている。きっと、里中くんの治療と少しでも休ませるために時間かせぎをしろと言っているだろう。・・・と梶田先輩が言った。
逆に言えば、うちとしては少しでも早くアウトをとってチェンジにするべきだ。
勝負の世界って厳しいのね。
岩鬼くんはあっさり三振した。曲者殿馬くんも、うちのキャプテンの頭脳的ピッチングでピッチャーフライに終わった。さすがキャプテン。押さえるべきところはきちんと押さえている。
治療が終わるまでしばらく待ったが、頭の包帯も痛々しい里中くんが元気に走ってマウンドにのぼった。
頭の揺れるアンダースローのピッチャーにあの怪我はかなりの痛手のはずだと先輩たちは言う。でも、球威は衰えず、井神、東、佐々尾、の3人はあっさりと三振をとられてしまった。
一方、動揺することもなくうちのキャプテンも山岡、土井垣、山田を凡退でうちとる。
8回表。4番の犬飼キャプテンからの打順だ。キャプテンも投手だけど打者としてもかなりいける(という評判だ)。ここらで一発ホームランを打って欲しい。このままだと明訓ペースでズルズル試合が終わりそうなんだもん。流れを断ち切らなくては。
するとやってくれました!
キャプテンのホームラン!ランナーがいなかったのが残念だ。でもやっと1点返すことができた。あたしは素直に喜びたかったのだけど、ベンチの先輩たちはこれが当然といったふうで、ぜんぜん嬉しそうじゃない。確かに、頭に怪我したピッチャーからホームランを打っても、向こうの応援団のジト目があるだけであまりおおっぴらには喜べないのかもしれないけど、先輩たちの無表情はそれとはちょっと質が違うようだ。
マウンドでは里中くんが力尽きたのか崩れ落ちている。
ああいう姿を見てしまうと、ちょっとかわいそうだなと思う。でも、投げられないのならマウンドにのぼるべきではないのだ、きっと。マウンドに立つ以上は怪我は言い訳にはならないのだ、きっと。
野球のことはよくわからないけれど、スポーツに限らずすべてにおいてそういうものではないかと思う。

次の打者は鬼島先輩だ。やはりホームランを打たれたことで気落ちしたのか、里中くんの球は若干力がないようだ。(あたしが見た限りじゃよくわからないけどね)
鬼島先輩は初球から叩いた。ボールも飛んだがバットも飛ぶ。危ない!岩鬼くんは打球のことは放っておいてバットをつかむ。ボールは石毛くんが捕って1塁に送球。間一髪でアウトになった。
バットをバキッと折って土佐丸のベンチに投げ返した岩鬼くん。喧嘩野球には喧嘩で返そうというつもりらしい。武蔵が「あがな!馬鹿な男は初めてだ」と驚いている。武蔵、五十歩百歩だと思うけどな・・・。岩鬼くんがもし土佐丸高校に入っていたら、武蔵と親友になっていたかもしれないよ。あまり考えたくない事態だけど(頭が痛くなるよ)。
続く6番丹座先輩は、里中くんになるべくたくさん投げさせて消耗させようと待球作戦でいった。丹座先輩は隻眼だ。海賊みたいなアイパッチを右目にかけている。それなのに選球眼はいいのだ。チーム一かもしれない。フォアボールを選んだ。
7番の諸岡先輩はショートへの流し打ち。最悪だ。ダブルプレイになってしまう。そうすると次の武蔵までまわらない。こうなったらできるだけランナーをためといて、武蔵のホームランに期待するしかないのに。
セカンド殿馬くんがベースを踏み、丹座先輩はアウトになった。すかさず1塁へ投げダブルプレイを狙う。
その時だった。またしても大変なことが起きてしまったのだ!
殿馬くんが投げたボールが丹座先輩の顔を直撃してしまったの。顔よ、顔!そのおかげで1塁の諸岡先輩はセーフになってダブルプレイは免れたのだけど・・・。
あたしは思わずグラウンドに飛び出しそうになってしまった。
だって丹座先輩は倒れたまま動かないんだもの。さっきの里中くんの怪我並み、それ以上の危険な状態じゃない!でも、先輩たちは微動だにしない。なんて冷たいのかしら、とちょっとムッとした。
でも、丹座先輩はひとりで起き上がった。起こした顔には傷ひとつなく。
どうなっているの?と首をかしげていると、キャプテンが説明してくれた。
丹座先輩は走りながら小刻みに頭を動かして、ヘルメットの耳カバーを顔の前に持ってくるようにし、自らボールに当たりにいったのだと。しかも、丹座先輩はこのプレイを会得するために、あの片目を失ったというのだ。あのアイパッチは野球に命を賭けた証だったのだ。先輩たちがよくいう「命を賭けた血で血を洗う死闘」というのは大袈裟に言っているのではなく、その覚悟をもって取り組んでいるということなのだろう。なんて人たちなんだろう。
ランナー1塁で、武蔵の登場だ。あたしは、おおいに期待した。明訓のバッテリーもどこに投げればいいのか迷っているようだ。いろいろな球を試している。武蔵はまたそれを楽しんでもいるみたいだ。
ツースリーとなり6球目。武蔵はバットを思いっきり振った。ボールが落ちたみたいだったけどかろうじてバットに当て振り切る。バランスを崩してホームベース上にころがる武蔵。いやだ、打ち取られてしまったのかしら?
ボールはぐんぐんレフトスタンドに向かって伸びている。まさかとは思ったけれどスタンドの中に入ってしまった。ホームランだ。打ちそこないがホームラン。明訓側はアゼンとしている。うちのベンチでは先輩たちがまたまた当然といった顔をしている。武蔵は不満顔だ。会心の当りというわけではなかったらしい。
でも3対3。やっと同点に追いついた!9番の大河先輩はサードゴロでアウトになりチェンジになったけど、これで試合は振出しに戻ったことになる。

8回裏はキャプテンがピシッと締めた。
9回表。打順が1番に戻って井神先輩からだ。マウンドの里中くんの肩が大きく動いている。かなり苦しそうだ。苦しいなら降りればいいのに、と思うのだけど、きっと自分がマウンドに立っていたらどんなに苦しくても絶対に投げぬきたい!と思うのだろうな。
そんな痛々しい里中くんの姿に、スタンドの応援は里中コール一色だ。攻撃しているのは土佐丸なのに、うちの応援団の声は里中コールにかき消されて何も聞こえない。甲子園球場全体が里中くんを応援しているようなすさまじいコールだ。
これは経験してみないとわからないだろう。ベンチの奥にいてもズンズンズンと地の底から揺さぶられているような波がくる。それが自分への応援ならば元気づけられるだろうけれど、こんなふうに世界中が敵にまわったような状態だと、この声だけに押しつぶされそうになる。きっと打席に立っているともっとそれを感じるんだろうな。これがマウンドにいたらもっともっと人々の思念を感じて元気づけられもし、押しつぶされもするのだろうな、と思う。
あたしは、自分のすべてが否定されているような気がして思わず泣きそうになった。
こんな状態でよく平然としていられますね、キャプテン。武蔵もだわ。ベンチの前列に偉そうに、しかも平然と座っているんだもの。
でも、そんなキャプテンの姿を見て、少し救われた。
これだけの非難をあびても平然としていられるその自信。強い精神力。キャプテンがベンチにいるからこそ、他の先輩たちも平気でいられるのだと思う。キャプテンの精神力がバリヤーになっているように。
あたしはベンチに入っていてよかったとつくづく思った。
応援団と一緒にスタンドにいたら、きっとこの里中コールに呑み込まれていただろうと思う。

ものすごい里中コールに支えられてはいるけれど、限界なのかフォアボールを出してしまった里中くん。
2番東先輩はバントの構え。キャプテンがベンチから叫ぶ。「嵐作戦だ!」
東先輩はバントの構えからヒッティングに変え、打球は明訓の1塁手土井垣さんの膝を直撃した。
息をもつかせず、その強い精神力で甲子園全体を呑み込もうとする犬飼キャプテン。そして土佐丸の攻撃は続くのだ。


なるとメモ

この回は私のあまのじゃくな性格がでております。
普通なら怪我をおして懸命に投げている里中くんを応援したくなるのでしょうが、私の場合あれだけみんなが里中コールをして応援していると、「ちょっと!土佐丸がかわいそうじゃないの!」と反発したくなるのです。
どれだけの悪人であろうとも、まわりがののしればののしるだけ、私はそちらのほうに惹かれていく傾向があります。
これをあまのじゃくといわずして何という(笑)困った性格です。


次回予告
いぬこ: ものすごい里中コールにまいったわ。
武蔵: 勝手に吠えさせておけばいいぜよ。
いぬこ: 犬飼君、度胸あるのね。見直した!
今こそ本当に、あたしも土佐丸の生徒になった!って気がする。あれだけ反感をかっているのに、どうしてもうちのチームをかばいたくなるんだもん。これって身贔屓?
梶田: それでこそ土佐丸の野球部長だ。ようやくなじんだな、いぬこ。
いぬこ: デヘッ(^^)って、ほっこりしている場合じゃありません。
怒涛のような土佐丸の攻撃が続きます。
岩鬼: 土佐丸の犬ども!わいが止めを刺したるでぇ〜
小次郎: こんな馬鹿な男は初めてだ。俺達の殺人野球の上をいく男がいた。
いぬこ: キャプテン、こんな奴のことでそう真剣に悩まないでください。

次回の「土佐丸日記」は「延長10回!なるか必殺嵐打球

キャプテンお願い・・・嵐打球!って言うのはやめて。恥ずかしい・・・

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